オリンピックにはハングリーさが必要?


オリンピックに限ったことではありませんが、
国際試合で日本のナショナルチームが負けると、
すぐに、日本にはハングリー精神がない、と言う批判があがります。
正直なところ、こういった批判は、少なくとも私にとって、
そろそろ聞き飽きた感があります。


それらの批判の中では、「ハングリー精神を持つためにはどうすればいいか」、
という問題についての具体的な解決策が、ほとんどの場合において無視されているので、
結局は、上の世代が下の世代に難癖をつける、「若いモンは柔弱でケシカラン」という
まったくつまらない文句としてでしか、私には受け止められないのです。


ないものをねだっても仕方がありません。
足りないものがあるなら、どうすればそれを得ることが出来るのか、
また、どうしても得ることが出来ないのであれば、
他のものでどうやって補うのか。
批判というものは、だれでも出来てしまうぶん、
そういった具体的な解決策が含まれて始めて正当性を持つものだと思うのです。


また、そもそも、ハングリー精神を持てば、
他国に負けない強い選手、チームになるのか、という点についても疑問を感じます。
たとえば、今回の北京オリンピックにおける韓国の野球チームと、日本の野球チームを比べたときに、
ハングリー精神以外に日本が劣るところはとくにない、ということなのでしょうか。
私は野球について詳しく知りませんが、
おそらくは、詳細に分析していくことで、精神論以外に学ぶべき点が多くあるのではないでしょうか。


通常、強くなるためには、負けた原因を真剣に考えることが必要だと思いますが、
そこにいる当事者と批判者の間に尊敬の念がなければ、到底まともな検討は出来ません。
批判者は具体的な解決策とあわせて問題点を分析、指摘する。
当事者はそれらを真摯に受け止め、出来うる限りの努力を持って解決する。
そういった取り組みが当たり前に行われるためには、
われわれ自身が、短絡的な批判に歯止めをかける必要があるのだと思っています。


あなたは如何思うでしょう。